東京地方裁判所 平成8年(行ウ)171号 判決 1999年2月18日
原告
ネスレ日本株式会社
右代表者代表取締役
フリッツ ダブリュー・エム・ヴァンダイク
右訴訟代理人弁護士
中町誠
同
中山慈夫
被告
中央労働委員会
右代表者会長
花見忠
右指定代理人
諏訪康雄
同
浜田直樹
同
田中正則
同
吉住文雄
同
杉田美恵子
同
三嶋伸広
各事件被告補助参加人
ネッスル日本労働組合
右代表者本部執行委員長
笹木泰興
甲事件被告補助参加人
ネッスル日本労働組合霞ケ浦支部
右代表者執行委員長
谷貝邦夫
乙事件被告補助参加人
ネッスル日本労働組合東京支部
右代表者執行委員長
船谷武道
丙事件被告補助参加人
ネッスル日本労働組合島田支部
右代表者執行委員長
斎藤條治
右補助参加人ら訴訟代理人弁護士
古川景一
同
伊藤博史
同
岡村親宜
同
野田底吾
主文
一 被告が中労委平成七年(不再)第一四号事件及び同第一五号事件につき平成八年七月一七日付けで発した命令のうち、別紙記載の者のうち12の者以外の各人に関する部分をいずれも取り消す。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを六分し、その一を被告の、その余を原告の負担とし、補助参加によって生じた訴訟費用は、原告に生じた費用の六分の一と甲事件被告補助参加人及び丙事件被告補助参加人に生じた費用を甲事件被告補助参加人及び丙事件被告補助参加人の負担とし、原告に生じたその余の費用と各事件被告補助参加人及び乙事件被告補助参加人に生じた費用を原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
被告が中労委平成七年(不再)第一五号事件につき平成八年七月一七日付けで発した命令を取り消す。
二 乙事件
被告が中労委平成七年(不再)第一三号事件につき平成八年七月一七日付けで発した命令を取り消す。
三 丙事件
被告が中労委平成七年(不再)第一四号事件につき平成八年七月一七日付けで発した命令を取り消す。
第二事案の概要
原告が補助参加人らに所属する組合員からチェック・オフの中止を申し入れられたにもかかわらず、これを無視してその給与から組合費相当額のチェック・オフをし続け、これを補助参加人らと同一名称でこれらと対立する労働組合及びその各支部に交付したため、管轄各地方労働委員会及び被告は、原告の右行為が労働組合法七条一号及び三号の不当労働行為に当たるとして、原告に対し、控除した組合費相当額及びこれに対する年五分の割合による金員をそれぞれ組合員の所属組合各支部に支払うことなどを内容とする各救済命令を発した。その各取消訴訟の受訴裁判所である東京地方裁判所は原告に対し右金員の全部又は一部の支払を命ずる緊急命令を発したので、原告が右緊急命令に従って金員を支払ったところ、各取消訴訟の上告審である最高裁判所は、組合員個人に対してではなく、組合各支部に対して組合費相当額等を支払うことを原告に命じたことは違法であるという理由により右各救済命令を取り消したので、被告は、各組合支部ごとに審査を再開し、平成八年七月一七日付けで右各救済命令のうち組合費相当額及びこれに対する年五分の割合による金員を支払うべき相手方を組合員個人と改めた各救済命令を発した。
本件は、原告が、右各救済命令は、<1>救済の利益、必要性がないのに発せられた違法なものであること、<2>組合費相当額のみならず年五分の割合による金員の支払をも命じたことは裁量権の合理的行使の限界を逸脱したものであること、<3>甲事件被告補助参加人及び丙事件被告補助参加人を脱退して前記別組合の組合員となり、チェック・オフを是認し、救済を求めない意思を明らかにしていた者に関してまで組合費相当額等の支払を命じた点は違法であること等を理由に、その取消しを求めた事案である。
一 争いのない事実等(争いのない事実のほか、証拠により認定した事実を含む。認定の根拠とした証拠は各項の末尾に挙示する。)
1 原告における労働組合
(一) 甲事件被告補助参加人(以下「補助参加人霞ケ浦支部」という。)は原告の霞ケ浦工場の、乙事件被告補助参加人(以下「補助参加人東京支部」という。)は原告の東京販売事務所の、及び丙事件被告補助参加人(以下「補助参加人島田支部」という。)は原告の島田工場の各従業員によって組織される労働組合であり、原告の従業員によって組織される各事件被告補助参加人(以下「補助参加人組合」という。)の支部である(以下右各支部を「補助参加人三支部」という。)。
(二) 原告には、補助参加人らとは別に、その従業員によって組織され、補助参加人組合と同一名称であり、これと対立するネッスル日本労働組合(以下「訴外組合」という。)並びにその支部であり、(一)の工場及び事務所に勤務する従業員によって組織されるネッスル日本労働組合島田支部、ネッスル日本労働組合東京支部及びネッスル日本労働組合霞ケ浦支部等がある。
2 原命令
(一) 甲事件
補助参加人組合及び補助参加人霞ケ浦支部を申立人、原告(ただし、このときの名称はネッスル株式会社である。)外一名を被申立人とする茨労委昭和五八年(不)第二号及び第三号不当労働行為救済申立事件において、茨城県地方労働委員会は、昭和五九年一一月二二日付けで、原告は命令交付時において補助参加人霞ケ浦支部に所属する組合員についてその給与から既にチェック・オフした昭和五八年九月分以降の組合費相当額を補助参加人霞ケ浦支部に交付しなければならないことなどを内容とする命令を発した(<証拠略>)。
被告は、右事件の再審査事件である中労委昭和五九年(不再)第六二号、第六三号及び第六四号事件において、昭和六一年三月一九日付けで、「原告は補助参加人霞ケ浦支部に所属する組合員の給与から昭和五八年九月分以降チェック・オフした組合費相当額及びこれに対する年五分の割合による金員を付加して補助参加人霞ケ浦支部に支払わなければならない」(原文どおりではなく、わかりやすく書き改めてある。)と変更するなどした命令を発した(<証拠略>。なお、以下では被告の発した命令中の右かぎ括弧内に相当する部分を「甲事件原命令」という。)
(二) 乙事件
補助参加人組合及び補助参加人東京支部を申立人、原告(ただし、このときの名称はネッスル株式会社である。)外一名を被申立人とする都労委昭和五八年(不)第五六号及び第六六号事件において、東京都地方労働委員会は、昭和五九年七月三日付けで、原告は補助参加人東京支部に所属する組合員の給与から昭和五八年四月分以降チェック・オフした組合費相当額を補助参加人東京支部に支払わなければならないことなどを内容とする命令を発した(<証拠略>)。
被告は、右事件の再審査事件である中労委昭和五九年(不再)第四二号及び第四三号事件において、昭和六〇年一二月一八日付けで、「原告は補助参加人東京支部に所属する組合員の給与から昭和五八年四月分以降チェック・オフした組合費相当額に年五分の割合による金員を付加して補助参加人東京支部に支払わなければならない」(原文どおりではなく、わかりやすく書き改めてある。)と変更するなどした命令を発した(<証拠略>。なお、以下では被告の発した命令中の右かぎ括弧内に相当する部分を「乙事件原命令」という。)
(三) 丙事件
補助参加人組合及び補助参加人島田支部を申立人、原告(ただし、このときの名称はネッスル株式会社である。)外一名を被申立人とする静労委昭和五八年(不)第四号及び第五号事件において、静岡県地方労働委員会は、昭和六〇年三月三〇日付けで、原告は昭和五八年四月分以降の補助参加人島田支部組合員の給与からチェック・オフした組合費相当額を補助参加人島田支部に支払わなければならないことなどを内容とする命令を発した(<証拠略>)。
被告は、右事件の再審査事件である中労委昭和六〇年(不再)第一六号、第一七号及び第一八号事件において、昭和六一年六月一八日付けで、「原告は補助参加人島田支部に所属する組合員の給与から昭和五八年四月分以降チェック・オフした組合費相当額及びこれに対する年五分の割合による金員を補助参加人島田支部に支払わなければならない」(原文どおりではなく、わかりやすく書き改めてある。)と変更するなどした命令を発した(<証拠略>。なお、以下では被告の発した命令の(ママ)右かぎ括弧内に相当する部分を「丙事件原命令」という。また、以下では、甲事件ないし丙事件の各原命令を併せて「本件各原命令」という。)。
3 緊急命令及びその後の経緯
原告は、本件各原命令を不服として、当庁に対し、その取消訴訟を提起し、甲事件原命令の取消訴訟は昭和六一年(行ウ)第六七号不当労働行為救済命令取消請求事件として、乙事件原命令の取消訴訟は同年(行ウ)第二〇号不当労働行為救済命令取消請求事件として、丙事件原命令の取消訴訟は同年(行ウ)第一一四号不当労働行為救済命令取消請求事件として、それぞれ係属した。
被告は、当庁に対し、甲事件原命令については昭和六一年七月二八日、乙事件原命令については同年四月一四日、丙事件原命令については同年一〇月二一日、それぞれその履行を求める緊急命令の申立てを行った。
甲事件原命令の取消訴訟の受訴裁判所である当庁民事第一九部は、昭和六一年一二月一日、原告に対し、判決の確定に至るまで、「被申立人は、昭和五八年九月分以降この決定の告知の時に至るまでの間に補助参加人ネッスル日本労働組合霞ケ浦支部に所属する組合員の給与からチェック・オフをした組合費相当額を支払え。」と命じたほか、おおむね甲事件原命令に従うべき旨を命じたが、組合費相当額に対する年五分の割合による金員の支払を命じた部分については、申立てを却下する決定をした(東京地方裁判所昭和六一年一二月一日決定判例時報一二一七号一三七頁、以下「甲事件緊急命令」という。)。
乙事件原命令及び丙事件原命令の各取消訴訟の受訴裁判所である当庁民事第一一部は、昭和六一年一二月四日、いずれも原告に対し、判決の確定に至るまで、補助参加人東京支部及び補助参加人島田支部所属の各組合員の給与からチェック・オフをした組合費相当額及びこれに対する年五分の割合による金員の支払を命ずる等の決定をした(東京地方裁判所昭和六一年一二月四日決定、以下「乙事件及び丙事件緊急命令」という。また、以下、甲事件緊急命令と乙事件及び丙事件緊急命令とを併せて「本件各緊急命令」という。)。
原告は、本件各緊急命令を受けて、昭和六二年五月二一日、補助参加人霞ケ浦支部に対し、チェック・オフした組合費相当額である金六九八万二四九〇円を、補助参加人東京支部に対し、チェック・オフした組合費相当額及びこれに対する年五分の割合による金員から成る金三三二万三六六九円を、補助参加人島田支部に対し、チェック・オフした組合費相当額及びこれに対する年五分の割合による金員から成る金一一八万二〇九三円をそれぞれ支払った。原告は、甲事件緊急命令と乙事件及び丙事件緊急命令とでは、金員の支払を命ずる主文の内容が、年五分の割合による金員の支払の有無の点だけでなく、対象とされた期間中に補助参加人三支部を脱退し、又は原告を退職した従業員に関する分を含むか否かの点でも異なると判断し、補助参加人霞ケ浦支部に対しては組合を脱退した者等の分も支払ったが、補助参加人島田支部に対しては組合を脱退した者等の分を除外して支払った。
(<証拠・人証略>並びに弁論の全趣旨)
4 本件各原命令の取消訴訟の第一審判決及び控訴審判決
(一) 甲事件原命令の取消訴訟
当庁は、平成元年一二月七日、昭和六一年(行ウ)第六七号事件(甲事件原命令の取消訴訟)について、原告の請求を棄却する旨の判決を言い渡した(<証拠略>)。
原告は、右判決を不服として控訴した(東京高等裁判所平成元年(行コ)第一三六号事件)が、東京高等裁判所は、平成三年六月二六日、控訴を棄却する旨の判決を言い渡した(<証拠略>)。
(二) 乙事件原命令及び丙事件原命令の各取消訴訟
当庁昭和六一年(行ウ)第二〇号事件(乙事件原命令の取消訴訟)及び同第一一四号事件(丙事件原命令の取消訴訟)は併合の上審理されたが、当庁は、平成二年五月一七日、両事件について、原告の請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した(<証拠略>)。
原告は、右判決を不服として控訴した(東京高等裁判所平成二年(行コ)第七五号事件)が、東京高等裁判所は、平成三年一月三〇日、控訴を棄却する旨の判決を言い渡した(<証拠略>)。
5 本件各原命令の取消訴訟の上告審判決
原告は、右各控訴審判決を不服として上告した(甲事件原命令につき、最高裁判所平成三年(行ツ)第二〇二号事件、乙事件原命令及び丙事件原命令につき、同第九一号事件。<証拠略>)。
最高裁判所は、平成七年二月二三日、右両事件につき、原告が組合費相当額等を支払うべき相手方は、補助参加人三支部ではなく、それに所属する組合員個人であるという理由により、原判決を一部破棄し、本件各原命令を一部取り消す旨の判決を言い渡した(<証拠略>。以下では右の二つの最高裁判決を併せて「前訴上告審判決」という。また、以下では、本件各原命令の取消訴訟をその第一審から上告審までを併せて「前訴」という。)。
6 前訴上告審判決の言渡し後に被告が発した救済命令
被告は、前訴上告審判決を受けて審査を再開し、平成八年七月一七日付けで、本件各原命令につき、いずれも原告はチェック・オフした組合費相当額等を組合員個人に支払わなければならない旨変更した命令(以下、甲事件原命令、乙事件原命令及び丙事件原命令に対応する命令をそれぞれ「甲事件命令」、「乙事件命令」及び「丙事件命令」といい、これらを併せて「本件各命令」という。)を発した。
二 争点
1 原告が、本件各緊急命令に従って補助参加人三支部にチェック・オフをした組合費相当額等を既に支払済みである以上、本件各命令は、救済の利益、必要性がないのに再度組合費相当額等を組合員へ支払うよう命じる違法な救済命令であるといえるか否か。
2 本件各命令が、原告に対し、チェック・オフをした組合費相当額のみならず、これに対する年五分の割合による金員(以下「本件遅延損害金」という。)を付加して支払うべきことを命じた点は、行政事件訴訟法三三条一項及び二項に違反し、あるいは労働委員会の裁量権の合理的行使の限界を逸脱したものであるか否か。
3 次の4の争点についての原告の主張は、時機に後れて提出した攻撃防御方法として却下すべきものであるか否か。
4 甲事件及び丙事件に関し、被告が原告に対し、補助参加人組合、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部を脱退した者に対してまで組合費相当額等の支払を命じた点は違法か。
三 当事者の主張
1 原告の主張
本件各命令は、以下に述べる理由により、違法であり、取り消されるべきである。
(一) 本件各命令が、原告に対し、組合費相当額の支払を命じた点は違法である。
(1) 被告は、初審命令の発令後に生じた事由を考慮して、同命令の変更等をなすべき義務がある。本件は、前記のとおり前訴上告審判決が本件各原命令を取り消したことにより審査が再開され、再度の命令が出されたものであるが、右の理はこのような場合にも当然当てはまる。したがって、本件において、被告は、本件各命令の発令日である平成八年七月一七日以前に生じた事由をすべて考慮して発令すべき義務があり、救済命令を発すべき救済の利益、必要性の存否を十分に考慮すべき義務がある。
原告は、本件各緊急命令に従って、命じられた金員を補助参加人三支部に支払済みである。補助参加人三支部と所属する組合員は、全く無関係の第三者の関係ではなく、その構成においても明らかに同一の関係にあり、本件救済申立ても組合員個人ではなく補助参加人三支部が組合員の総意を受けて行っている。このような事実関係の下では、右金員が補助参加人三支部へ支払われたことによって、組合費相当額が組合員個人に支払われたのと同様の効果がもたらされたといえるから、本件救済の実は十分に果たされたというべきである。
また、補助参加人らも、本件各命令発令までは、組合員個人に対して組合費相当額の支払を命ずる必要性がなく、その救済の利益がないことを自認していた。
以上述べたとおり、本件各命令は救済の利益、必要性がないのに発せられたものであって、違法である。
(2) 行政行為についても、信義則や禁反言の法理が適用になることはいうまでもない。
原告の補助参加人三支部への支払は、原告が独自の判断で行ったものではなく、被告の誤った本件各原命令及びこれについての緊急命令申立てによるものであり、いわば被告に強制されたものである。
自らの違法な本件各原命令によって原告に支払を強制する結果を招きながら、この事実を無視して、二重払いを強いる本件各命令へと変更することは、著しく信義則に反し、禁反言の法理に反するから、違法である。
(3) 行政事件訴訟法三三条の拘束力は、取消判決の理由において示された具体的違法事由についての判断に与えられた通用力であって、これとは別の理由又は事実に基づいて処分をし、あるいは処分をしないことを妨げるものではない。前訴上告審判決の拘束力は、本件各原命令が裁量権を逸脱し違法である点に関しては及ぶものの、再度組合員に対し支払うべき旨の命令を発することにまで及ぶものではない。
(4) 行政事件訴訟法三三条の拘束力は、処分庁その他関係行政庁に対し、判決の趣旨を尊重して、以後当該法律関係についての処理に当たり、適切な善後措置を尽くして国民の違法状態排除請求権を満足させることを義務付ける力であり、取り消された行政処分に直接関連して生じた一切の違法状態を除去するためのすべての行(ママ)為・不作為に関する義務がこれに含まれ、同一処分の繰り返し又は同一過誤の反覆(ママ)の禁止のほか、取消判決の実現を妨げる処分が残っている場合にこれを取り消すべき義務、取消判決の趣旨に添わない違法な事実状態が残っている場合にこれを原状に回復すべき義務がある。
本件では、本件各原命令による補助参加人三支部への組合費相当額の支払という取消判決の趣旨に添わない違法な事実状態が残っていることは明らかである。したがって、被告としては、このような状態を是正し、原状回復に努める法的義務が存していたはずである。その原状回復義務を全うする最も端的で適切な方法は、右支払の事実をもって本件救済の必要性はなくなったとして本件救済申立てを却下することである。ところが、被告は、このような違法な事実状態を全く放置し、違法状態排除義務を全く放棄して原告に二重払いを強いる本件各命令を発したのであるから、行政事件訴訟法三三条の拘束力の点からも、その違法性は明らかである。
一方、右違法状態排除効については、取消判決の既判力自体から導くいわゆる救済訴訟説も有力であり、最高裁昭和五〇年一一月二八日第三小法廷判決(民集二九巻一〇号一七九七頁)は、「裁決取消の訴えは実質的には原処分の違法を確定してその効力の排除を求める申立にほかならないのであり、右訴を認容する判決も裁決取消の形によって原処分の違法であることを確定して原処分を取り消し原処分による違法状態を排除し、右処分により権利を侵害されている者を救済することをその趣旨としている」と判示し、同様の立場を示している。この観点からすると、違法状態排除効は前訴上告審判決の既判力から導かれることになり、本件各命令は違法状態排除効を全く無視し、既判力に反する点からも違法ということになる。
(二) 本件各命令は、原告に対し、組合費相当額を超えて本件遅延損害金の支払まで命じている点においても、違法である。
(1) 前訴上告審判決は、本件各原命令を「組合費相当額等」の支払を命じたものであるとしつつ、右判決自身は「組合費相当額」の支払のみで救済方法として必要かつ十分であると判示している。「組合費相当額等」の「等」は本件遅延損害金を意味するものである。
そうすると、前訴上告審判決は、本件各原命令が支払の相手方を補助参加人三支部とした部分を取り消したのみならず、支払うべき金員に組合費相当額だけでなく遅延損害金を含めた部分をも取り消したものというべきである。本件遅延損害金について説示がないのは、すべて取り消されたために説示するまでもなかったに過ぎない。
したがって、本件各命令が、原告に対し、組合費相当額のみならず本件遅延損害金をも支払うべき旨を命じた部分は、前訴上告審判決の拘束力を無視し、判決の趣旨に反するものであり、行政事件訴訟法三三条一項及び二項に違反する。
(2) 労働委員会の救済命令は、不当労働行為よって侵害された状態を原状に復することを目的とするものであるから、使用者に懲罰を科したり、労働組合や組合員に私法上の損失補償ないし損害賠償を与える趣旨で金員の支払を命じることは労働委員会の裁量権の範囲を超える。
組合費相当額は、本来直ちに組合費として組合に徴収され、組合運営費に充てられるものであるから、使用者がチェック・オフにより組合費相当額を控除し、これを訴外組合に交付したことが補助参加人らに対する不当労働行為に該当するとしても、これは財政面における組合運営を侵害するものであり、組合員個人に経済的不利益を被らせるものではなく、右不当労働行為に対する救済も、財政面における組合運営に対する侵害からの救済という性格を有するものであり、組合員個人の経済的被害を救済するという性格のものではないはずである。
そうすると、救済方法としても、財政面における団結権侵害状態を回復するため、組合費相当額のみを支払わせれば必要かつ十分である。それにもかかわらず、本件各命令が、原告に対し、本件遅延損害金の支払をも命じたことは、原告に懲罰を科し、あるいは損害賠償を命じたものにほかならず、補助参加人らに原状回復の範囲を超えた経済的利益を得させるものである。
また、原告は、補助参加人三支部に対し、昭和六二年五月二一日、本件各緊急命令に従って組合費相当額等を支払っており、補助参加人三支部は、現在までこれを事実上組合運営費に充ててきたのであるから、組合運営に対する侵害の除去という観点からも本件遅延損害金の支払を命じる必要はない。
以上述べたとおり、本件各命令が、組合費相当額に本件遅延損害金を付加して支払うことを命じた部分は、労働委員会の裁量権の合理的行使の限界を逸脱したものである。
(三) 被告が、甲事件命令及び丙事件命令において、原告に対し、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部を脱退した組合員に関する組合費相当額等の支払を命じた点は違法である。
別紙記載の者は、甲事件命令及び丙事件命令発出時には、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部を脱退して、訴外組合の組合員であることを表明するとともに訴外組合との間のチェック・オフ継続の意思表示をしており、いずれもチェック・オフの結果を是認し、本件救済を求めない意思を明示していた。
それにもかかわらず、甲事件命令及び丙事件命令が、原告に対し、これらの者に関する組合費相当額等の支払を命じた点は違法である(以下では、原告の右の主張を「本件新主張」という。)。
2 被告の主張
本件各命令は、前訴上告審判決が本件各原命令を一部取り消したことから、被告が行政事件訴訟法三三条によりこの判決の趣旨に従い、取り消された部分を改めて発出した適法な命令である。
(一) 救済の利益、必要性等について
前訴上告審判決は、補助参加人三支部とこれに所属する組合員個人を別個の権利主体ととらえて、原告が組合費相当額等を支払うべき相手方は補助参加人三支部ではなく、組合員個人であるとしたものであるから、補助参加人三支部への支払によって、組合員個人の救済の利益、必要性が失われるものではない。そもそも、前訴上告審判決が、補助参加人三支部と所属する組合員個人を同一視していたならば、本件各原命令は取り消されなかったのであり、原告の主張は、前訴上告審判決の趣旨に反する。
緊急命令の履行後に、その根拠となった命令が取り消された場合、使用者は不当利得の返還を求めることにより二重払いの状況を回避することができるのであり、本件においても、原告は、補助参加人三支部に対し、不当利得返還請求をすることができるのであるから、被告が本件各命令を発したことについて、信義則違反、禁反言法理違反は成立しない。
(二) 本件遅延損害金の支払について
前訴上告審判決は、控除した組合費相当額を補助参加人三支部にではなく、組合員個人に対して支払うべきであるとの理由を説示しているため、被告は、その趣旨に従って、控除した組合費相当額等を組合員個人に対して支払わなければならないとしたものである。
前訴上告審判決は、原告が上告理由で年五分の割合による金員の支払を命じたことを違法と主張していたにもかかわらず、この点に何ら言及していないから、本件遅延損害金の支払を命ずることを是認しているものと解すべきである。原告が根拠とする前訴上告審判決の字句の違いは、支払の相手について論じているために生じたものにすぎない。原告は、前訴上告審判決の表現の些細な違いを奇貨として本件各取消訴訟を提起したものであり、本件各命令の確定をいたずらに遅延させんがための濫訴であるとのそしりを免れない。
(三) 補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部を脱退した組合員に関する組合費相当額等の支払を命じた点について
本件各命令は、前記のとおり前訴上告審判決が本件各原命令を一部取り消したことから、被告が行政事件訴訟法三三条によりこの判決の趣旨に従い、取り消された部分を改めて発出した適法な命令である。
原告の本件新主張は、時機に後れた攻撃防御方法であり却下されるべきである。
3 補助参加人らの主張
本件各命令は、以下に述べるとおり、適法である。
(一) 救済の利益、必要性等について
原告は、本件各緊急命令を完全に履行したものではなく、不履行があったから、原告の主張はその前提を欠き、失当である。原告は、前訴上告審判決後も団結権否認の態度を堅持しており、救済の必要性は依然として消滅していない。原告が本件各命令に従って組合員個人に組合費相当額を返還し、補助参加人三支部が組合員個人及び脱退者から組合費を徴収することによって初めて組合財政上被った不利益について原状回復がされることになる。
前訴上告審判決は金員の支払の相手方に関する原告の上告理由を採用したものである。原告が本件各命令の取消しを求めて本件各訴訟を提起したことこそ、信義則違反、禁反言の法理の違背と言うべきである。
(二) 本件遅延損害金の支払について
被告の主張と同一である。
(三) 原告の本件新主張は、時機に後れた攻撃防御方法であり却下されるべきである。
(1) 原告は、平成八年一〇月二八日付け準備書面で、本件各命令中「当該組合員」の意味につき、本件各命令発令時に補助参加人三支部を脱退している組合員を含む趣旨か、被告に対する求釈明の申立てを行い、被告は、同年一二月二日付け準備書面をもって脱退者が含まれると釈明した。したがって、原告は、本件各取消訴訟の最初の段階で、脱退者問題の存在とその重要性を認識していた。原告は、その後、脱退者をめぐる論点について何ら具体的主張をせず、本件各緊急命令を完全に履行した等と主張し、これを前提に、救済の利益と必要性が消滅したと主張していた。
(2) 話し合いによる解決が試みられたが、これが打切となった段階で、裁判所は、当事者に対し、平成九年一一月二八日までに主張立証を尽くし、それについての再反論があれば同年一二月一八日の口頭弁論期日までに提出するよう、訴訟指揮を行った。原告は、右提出期限後の同年一二月一五日になって、準備書面を提出し、本件新主張を開始するに至った。
(3) 前記のとおり、前訴上告審判決は金員の支払の相手方に関する原告の上告理由を採用したものであるから、原告はそもそも本件各命令の取消しを求める本件各訴訟を提起する訴えの利益がなかった。
(4) 原告は、脱退者問題の存在とその重要性を認識しつつ、その問題についての論及を回避して、あえて本件各緊急命令を完全に履行した等と主張し、その反論のために補助参加人らを疲弊させ、補助参加人らから反論反証がされると、脱退者について未払であることを前提とした予備的主張(本件新主張)をするに及んでいる。
(5) 原告は、右のとおり虚偽の事実の開陳を繰り返し、補助参加人らを疲弊させ、問題解決を引き延ばしている。これは、不当労働行為の典型的手法である。
(四) 補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部を脱退した組合員に関する組合費相当額等の支払を命じた点について
原告の本件新主張は、昭和五七年一一月に組合分裂問題が発生し、原告による組合否認、団交拒否、チェック・オフの問題が生じてから既に一五年以上が経過し、証拠の散逸が免れ難い状況の下においてされており、そのような状況の下において原告の本件新主張について審理を尽くす目的で口頭弁論が再開されたわけであるが、このような場合に証拠散逸に伴う不利益は原告に負担させるべきである。
別紙記載の者のうち12の者以外の各人が、別紙記載の各時期以後に、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部の組合員ではなくなり、訴外組合に組合員として加入したことは認める。右の各人は、昭和五七年一一月に組合分裂問題が発生してからも補助参加人組合に所属し続け、その後これを脱退して訴外組合に加入した。別紙記載の者のうち12番の深田芳春は退職するまで補助参加人組合及び補助参加人島田支部に所属していたのであり、訴外組合に所属したことはない。
別紙記載の者のうち12番の深田芳春を除くその余の者がしたとされるチェック・オフ継続の意思表示とは、訴外組合に加入したとき以降の組合費についてはチェック・オフを承諾し、これを訴外組合に交付するよう求めるというものであり、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部を脱退する前にチェック・オフされた分についてこれを訴外組合に交付することを承諾するものではない。補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部とその所属組合員との間には、原告による違法なチェック・オフが継続している間組合員が直接組合費を納入し、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部が原告から違法なチェック・オフにより控除された金員相当額を取り戻してこれを組合員に返還して清算するという合意が存在した。補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部から脱退した者は、脱退前に右の合意を解消するような意思表示を積極的に行っておらず、かえって、脱退後も右二重払いの清算を受けた。仮に脱退者が脱退前にチェック・オフされた分についてこれを訴外組合に交付することを承諾する意思表示をしたとすれば、前訴上告審判決が労働基準法二四条一項所定の賃金直接払の原則を強調している点に照らし、給与の支払時点において所属していなかった労働組合への支払のための控除を承諾する意思表示として無効である。
第三当裁判所の判断
一 本件各命令が原告に対し組合費相当額等の支払を命じた点の適法性について
1 救済の利益、必要性の有無
(一) 原告は、控除していた組合費相当額を補助参加人三支部へ支払済みであり、補助参加人三支部とその組合員は、全く無関係の第三者ではなく、同一と評価しうること等を理由に、補助参加人三支部への前記支払によって、組合員に対する救済も果たされたのであり、したがって、本件各命令は、救済の利益、必要性がないのに発せられたものであり、違法であると主張する。
救済命令違反に対する罰則は命令を支持する判決が確定して初めて発動される(労働組合法二八条)。そこで、救済命令の実効性を確保するため、労働組合法二七条八項は、使用者が裁判所に救済命令取消訴訟を提起した場合において、受訴裁判所が、当該労働委員会の申立てにより、決定をもって、使用者に対し判決の確定に至るまでその労働委員会の命令の全部又は一部に従うべき旨を命ずることができることを規定している(労働委員会規則四七条の用例に倣い、この命令を「緊急命令」と呼ぶのが通例である。)。このように、緊急命令は、救済命令取消訴訟の判決が確定するまでの間の仮定的、暫定的な救済制度である。使用者が緊急命令に従って命令内容を履行した場合には、原告の請求を棄却する判決が確定すれば、緊急命令の内容を履行した時点に遡って救済命令の内容を履行したことになるが、救済命令を取り消す判決が確定すれば、使用者が緊急命令に従って支払った金員は受領した者の不当利得となり、使用者は不当利得返還請求権を取得することになる。したがって、使用者が緊急命令に従って命令内容を履行しても、直ちに救済命令の内容を履行したことにはならず、仮定的、暫定的な状態が形成されているにとどまるから、この仮の履行状態が存することは、救済の利益、必要性を否定する根拠とならず、救済命令取消訴訟の判決においてしんしゃくされるべき筋合いのものではない。
この理は、使用者が緊急命令に従って命令内容を履行した後に、救済命令を取り消す判決が確定し、労働委員会が審査を再開して改めて命令を発する場合にも当てはまり、使用者が緊急命令に従って命令内容を履行したことは、仮定的、暫定的な状態を形成したにとどまるのみならず、救済命令を取り消す判決の確定により、使用者が不当利得返還請求権を取得したのであるから、右の履行の事実をもって、救済の利益、必要性を否定する根拠とすることはできない。
(二) (一)において述べたことに加え、本件においては、原告が本件各緊急命令に従い、補助参加人三支部に組合費相当額等を支払ったことによっては、組合員らの個人的利益の被害が回復されたことにはならず、この点から見ても、救済の利益、必要性は存在するというべきである。すなわち、(証拠略)によれば、前訴上告審判決は、「参加人両支部の組合員らは、参加人組合等を通じて上告人会社に対し、チェック・オフの中止を申し入れたものというべきであり、上告人会社は、当該組合員らに対するチェック・オフを中止すべきであったのであって、旧ネッスル労組あるいは訴外組合とのチェック・オフ協定の存在を理由に、これを継続することは許されない。そして、(略)上告人会社が、昭和五八年四月以降も、右の中止の申入れを無視して右組合員らについてチェック・オフをし続け、しかも控除額を訴外組合の各支部へ交付し、又はその指定する銀行口座に振り込んだことは、参加人組合及び参加人両支部の運営に対する支配介入であるといわざるを得ない。」と判示し、「本件命令部分は、チェック・オフの継続と控除額の訴外組合の支部への交付という不当労働行為に対する救済措置として、上告人会社に対し、控除した組合費相当額等を組合員個人に対してではなく、参加人両支部へ支払うことを命じたものである。しかし、右チェック・オフにより控除された組合費相当額は本来組合員自身が上告人会社から受け取るべき賃金の一部であり、また、右不当労働行為による組合活動に対する制約的効果や支配介入的効果も、組合員が賃金のうち組合費に相当する金員の支払を受けられなかったことに伴うものであるから、上告人会社をして、今後のチェック・オフを中止させた上、控除した組合費相当額を参加人組合所属の組合員に支払わせるならば、これによって、右不当労働行為によって生じた侵害状態は除去され、右不当労働行為がなかったと同様の事実上の状態が回復されるものというべきである。これに対し、本件命令部分のような救済命令は、右の範囲を超えて、参加人組合と上告人会社との間にチェック・オフ協定が締結され、参加人組合所属の個々の組合員が上告人会社に対しその賃金から控除した組合費相当額を参加人両支部に支払うことを委任しているのと同様の事実上の状態を作り出してしまうことになるが、本件において、原審の認定事実によれば、右協定の締結及び委任の事実は認められないのであるから、本件命令部分により作出される右状態は、不当労働行為がなかったのと同様の状態から著しくかけ離れるものであることが明らかである。さらに、救済命令によって作出される事実上の状態は必ずしも私法上の法律関係と一致する必要はなく、また、支払を命じられた金員の性質は控除された賃金そのものではないことはいうまでもないが、本件命令部分によって作出される右のような事実上の状態は、私法的法律関係から著しくかけ離れるものであるのみならず、その実質において労働基準法二四条一項の趣旨にも抵触すると評価され得る状態であるといわなければならない。したがって、本件命令部分は、労働委員会の裁量権の合理的行使の限界を超える違法なものといわざるを得ない。」と判示しているが、原告によるチェック・オフの継続と控除額の訴外組合の各支部への交付という不当労働行為に対する救済措置として、原告に対し、控除した組合費相当額等を組合員個人に対して支払わせることとしたのは、右チェック・オフにより控除された組合費相当額は本来組合員自身が原告から受けるべき賃金の一部であり、救済措置として組合員個人に対してではなく補助参加人三支部に対して支払わせるとすると、私法的法律関係から著しくかけ離れるものであるのみならず、その実質において労働基準法二四条一項の趣旨にも抵触すると評価され得る状態であるといわなければならないことによるのであって、要するに、原告の不当労働行為は組合(補助参加人三支部)に対する支配介入であるが、組合員の個人的利益の侵害という側面を有することから、救済措置を選択するに当たっては組合員の個人的被害の救済をも図らなければならないという制約を受けることになるというのである。
前訴上告審判決の判示している右の趣旨によれば、補助参加人三支部に対する組合費相当額等の支払をもって組合員個人に対しても支払があったものと同一視することはできず、組合員の個人的利益の被害に対する救済はなお必要であると言わなければならない。
(三) そうであるとすると、本件のように、前訴上告審判決によって支配介入の不当労働行為の成立は肯定されたが、被告(中央労働委員会)が命じた救済措置のうち金員の支払については、右に述べた理由によりその相手方が異なるとして当該救済命令が取り消された場合において、使用者が緊急命令に従って命令内容を既に履行していたことは、緊急命令の履行により形成された仮定的、暫定的な状態が救済命令の取消しによって消滅し、使用者が不当利得返還請求権を取得したにとどまるというほかはないし、組合員の個人的利益の被害に対する救済としては、仮定的、暫定的な履行状態すら形成されていなかったものと言うべきであるから、救済の利益、必要性を否定する理由はない。
もっとも、(証拠・人証略)に弁論の全趣旨を併せて考えれば、原告がチェック・オフを継続し、控除額を訴外組合の支部へ交付したため、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部は、昭和五八年一月、臨時組合大会を開き、組合員から直接組合費を徴収することを決定し、これを実行したこと、その結果、組合員は組合費相当額を二重に負担することとなったので、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部は、本件各緊急命令により原告から前記のとおり金員の支払を受けた後である昭和六二年一月、組合員に対し、昭和五八年九月以降にチェック・オフされた金額の七〇パーセント相当額を返還し、組合本部の財政支援のため三〇パーセント相当額を留保することを決定したこと、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部は、組合員が既に脱退した者であると、退職した者であるとを問わず、右のとおり返還する方針であったこと、しかし、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部に対し、脱退する旨通知した者が既に相当数おり、これらの者は組合費を支払っていなかったし、脱退しなくても滞納している者が相当数存在しており、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部は組合費の滞納がある場合にはその額を差し引いて返還するという方針であったため、組合費相当額の返還を受けない者も相当数存在したが、いずれにしても、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部の組合員及び元組合員のうち相当数の者は、チェック・オフされた金額の七〇パーセント相当額の返還を受けたこと、補助参加人東京支部についても右と同様の状況であったこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右のとおり、補助参加人三支部の組合員及び元組合員のうち相当数の者は、補助参加人三支部からチェック・オフされた金額の七〇パーセント相当額の返還を受けたことが認められるから、これらの者については右返還を受けた限度では個人的利益の回復が一応されたと見ることができないわけではないが、緊急命令の履行により形成された仮定的、暫定的な状態が救済命令の取消しによって消滅し、使用者が補助参加人三支部に対し不当利得返還請求権を取得したことからすると、原告の不当労働行為により補助参加人三支部の団結権が侵害された状態を除去、是正するには、前訴上告審判決の判示しているところに従い、原告に、補助参加人三支部の組合員に対する組合費相当額全額の支払をさせる必要はなお存在するというべきである。
(四) したがって、被告としては、前訴上告審判決を受けて審査を再開し、改めて命令を発するに当たり、原告が本件各緊急命令に従って命令内容を履行したことをしんしゃくしてはならず、原告の不当労働行為によって生じた侵害状態を除去し、右不当労働行為がなかったと同様の事実上の状態を回復するために適切な救済措置を命ずる必要があるものといわなければならない。
原告の主張は採用できない。
2 信義則ないし禁反言法理違反の成否
緊急命令の制度は、救済命令の取消しの訴えが提起されたため命令がいまだ確定していない間に裁判所が労働委員会の申立てにより、使用者に対しその命令の全部又は一部に従うべきことを命じることができるとするとともに、使用者がこの裁判所の命令に違反した場合には、確定した救済命令に違反した場合と同様の過料の制裁を課することとしたものであって、強制力の裏付けのある制度であるが、前記のとおり、不当労働行為に対する救済命令制度における仮の救済措置としての意義を有するにとどまり、緊急命令が発せられた後に救済命令を取り消す旨の判決が言い渡され、これが確定し、その確定判決に従って新たに救済命令が発せられることもあり得る。救済命令に対しては使用者が取消しの訴えを提起することができることとされ(労働組合法二七条六項)、労働委員会の判断が取り消されることがあることは、不当労働行為救済命令制度自体が予定しているところである。
このように、不当労働行為救済命令制度及び緊急命令制度には取消し、変更の可能性が内在しているのであって、このことに照らせば、原告が主張するような事実関係だけでは、被告が本件各命令を発したことが信義則ないし禁反言の法理に違反するということはできない。本件において、原告は、補助参加人三支部に対し本件各緊急命令を契機に組合費相当額(と原告が主張する金額)を支払っており、原告が本件各命令に基づいて組合員個人に対して組合費相当額等を支払えば、原告はいわば二重払いの結果を強いられることになるが、そのことは右判断を左右しない。
原告の主張は採用できない。
3 違法状態排除義務の有無について
原告は、行政事件訴訟法三三条の拘束力又は取消判決の既判力を根拠に、取消判決には違法状態排除効があり、行政庁は取消判決の趣旨に添わない違法な事実状態が残っている場合にこれを原状に回復すべき義務があるとし、本件では、本件各原命令による補助参加人三支部への組合費相当額の支払という取消判決の趣旨に添わない違法な事実状態が残っているのであるから、被告としては、このような状態を是正し、原状回復に努める法的義務があり、その原状回復義務を全うするため、右支払の事実をもって本件救済の必要性がなくなったとして本件救済申立てを却下すべきであったのに、このような違法な事実状態を全く放置し、原告に二重払いを強いる本件各命令を発したのであり、本件各命令の違法性は明らかであると主張する。
しかしながら、救済命令を取り消す判決が確定すれば、使用者が緊急命令に従って支払った金員は受領した者の不当利得となり、使用者は不当利得返還請求権を取得することになるが、これは私法上の権利義務関係にほかならず、本件について言うならば、補助参加人三支部に対して不当利得返還請求権を行使するか否かは専ら原告の判断にゆだねられているのであり、被告においてその行使を制限することはできないから、右不当利得返還請求権が行使されれば、補助参加人三支部の団結権が原告の前記不当労働行為によって侵害された状態は何ら回復、是正されていなかったことが確定することになる。したがって、原告が右不当利得返還請求権を放棄する意思を明示する等、その消滅が明らかな場合は別として、被告は、本件各緊急命令に基づく原告の支払の事実をもって救済の必要性がなくなったと判断することができないというべきであるから、原告の主張は、その前提を欠くものと言わざるを得ない。原告の主張は採用できない。
二 本件各命令が原告に対し本件遅延損害金の支払を命じた点の適法性について
1 まず、本件各命令が原告に本件遅延損害金の支払を命じた点が労働委員会の裁量権の合理的行使の限界を逸脱しているか否かについて検討する。
労働委員会は、救済命令を発するに当たり、その内容の決定について広い裁量権を有するものであることはいうまでもないが、不当労働行為によって発生した侵害状態を除去、是正して不当労働行為がなかったと同じ事実上の状態を回復させることを基本としつつ、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図るという救済命令制度の本来の趣旨、目的に由来する限界を逸脱することが許されないことも当然である。救済命令の内容の適法性が争われる場合、裁判所は、労働委員会の右裁量権を尊重すべきではあるが、その行使が右是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたると認められるときには、当該命令を違法と判断せざるを得ない。
そして、不当労働行為の救済命令は当該不当労働行為を事実上是正することを目的とするものであり、使用者に懲罰を科したり、労働組合又は労働者が被った損害について私法上の損害賠償を受けさせたりすることは制度目的に含まれていないと解されるから、遅延損害金を使用者に対する制裁又は労働組合若しくは労働者に対する損害賠償の趣旨で付することは、労働委員会の裁量権の範囲を超えていると解すべきである。
しかし、不当労働行為が組合員に対する不利益取扱いであり、これによって生じた組合員の個人的被害を救済するに当たってバックペイを命ずる場合に、この場合の労働者の受けた被害は解雇されなければ支払われたであろう賃金の名目額に限定されるものではなく、何らかの方法でこれを命令発出時の現在価額に評価した額とすること、例えば、バックペイに遅延損害金相当額を付することも、労働委員会の裁量権の範囲内に属する事柄として許されるというべきである。
本件において、原告は、補助参加人組合及び補助参加人三支部並びにその所属組合員からチェック・オフの中止を申し入れられたにもかかわらず、これを無視してチェック・オフを継続し、訴外組合に組合費相当額の金銭を引き渡したものである。原告のこの行為は、補助参加人組合及び補助参加人三支部の運営に対する支配介入であり、労働組合法七条三号の不当労働行為に当たるが、それとともに、補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員にとっては、受け取るべき賃金の一部を法令上の根拠に基づかずに控除され、その意思に反して訴外組合に引き渡されるという労働基準法二四条一項に反する取扱いを受けたのであるから、原告から不利益な取扱いを受けたことにほかならず、原告の右行為は、労働組合法七条一号の不当労働行為にも当たるものというべきである。
前訴上告審判決は、原告の前記行為が補助参加人組合及び補助参加人三支部の運営に対する支配介入であり、労働組合法七条三号の不当労働行為に当たるとした原審の判断を正当として是認することができると判示しているが、原告の前記行為が補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員に対する不利益な取扱いであり、労働組合法七条一号の不当労働行為に当たることについては特に言及していない。甲事件原命令の取消訴訟においては、第一審判決及び原判決が原告の前記行為が労働組合法七条一号及び三号に該当すると判示したのを受け、上告人は上告理由第三点において、原判決の該当箇所を引用しているが、上告理由としては労働組合法七条三号の解釈適用を誤ったと主張しているだけであり、また乙事件原命令及び丙事件原命令の各取消訴訟においては、第一審判決及び原判決が原告の前記行為が労働組合法七条三号に該当すると判示したにとどまったため、上告理由においても労働組合法七条三号の解釈適用を誤ったと主張しているだけであり、同法七条一号の解釈適用を誤ったと主張していないため、前訴上告審判決は、右各事件について上告理由とされた点だけを取り上げて判断したにとどまるものであり、原告の前記行為が補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員に対する不利益な取扱いであり、労働組合法七条一号の不当労働行為に当たることを否定する趣旨ではないと解するのが相当である。
前訴上告審判決は、支配介入に対する救済措置として、控除した組合費相当額等を参加人支部に支払うことを命じたことが、労働委員会の裁量権の合理的行使の限界を超える違法なものとして取り消すに当たり、前記引用のとおり判示しているが、その趣旨は、既に述べたとおり、原告の前記行為が、本来組合員自身が受け取るべき賃金の一部を控除し、その意思に反して訴外組合に引き渡すという個人的利益を侵害するものではあっても、それが組合費という組合の運営の原資にかかわるものであることにかんがみると、補助参加人組合及び補助参加人三支部の運営に対する支配介入であり、労働組合法七条三号の不当労働行為に当たるが、だからといって、本来組合員自身が受け取るべき賃金の一部であるという性質が失われるわけではないから、救済措置として控除した組合費相当額等を補助参加人三支部に支払うことを命じたことは、労働委員会の裁量権の合理的行使の限界を超える違法なものであるとするにあると解することができるのであり、この趣旨に徴しても、前訴上告審判決は、原告の前記行為が補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員に対する不利益な取扱いであり、労働組合法七条一号の不当労働行為に当たることを否定する趣旨ではないと解することができる。
このように、原告の前記行為は、補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員に対する不利益な取扱いであり、労働組合法七条一号の不当労働行為に当たるから、この不当労働行為によって生じた侵害状態を除去し、不当労働行為がなかったと同様の事実上の状態を回復するために、原告が控除した組合費相当額の命令発出時の現在価額に評価した額として原告が控除した組合費相当額に遅延損害金相当額を付することは、被告の裁量権の範囲内に属する事柄として許されるというべきである。
そして、被告が本件各命令において原告が控除した組合費相当額に付した遅延損害金相当額は組合費相当額に対する年五分の割合による金員であるというのであるから、被告が原告の控除に係る組合費相当額に遅延損害金相当額を付したことが裁量権の濫用や逸脱に当たらないことは明らかであるというべきである。
原告の主張は採用できない。
2 次に原告は、前訴上告審判決が、「組合費相当額等」という語と「組合費相当額」という語とを使い分けていることを根拠に、不当労働行為の救済として、「組合費相当額」の支払が行われれば足りると判示している趣旨であると主張するが、前訴上告審判決は、原告の前記行為による補助参加人組合及び補助参加人三支部の運営に対する支配介入に対する救済措置として、補助参加人三支部へ控除した組合費相当額等を支払うことを命じたことが違法であると判示しているにとどまり、原告の前記行為による補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員に対する不利益取扱いに対する救済措置として、右組合員に控除した組合費相当額等を支払うことを命じることをも違法とする趣旨とはいえない。
したがって、本件各命令が行政事件訴訟法三三条一項及び二項に違反する旨の原告の主張は理由がない。
三 原告の新主張が時期に後れた攻撃防御方法といえるか否かについて
本件訴訟記録によれば、甲事件、乙事件及び丙事件は、平成八年八月一九日に訴えが提起され、同年一〇月二八日第一回口頭弁論期日において甲事件に乙事件及び丙事件が併合されたこと、原告は同年一〇月二八日付け準備書面(一)において、「本件命令の取り消しについては、次の第一で主張する他、後記第二の求釈明に関する被告の釈明をまって、さらに主張を準備する。」と述べた上、同準備書面の第二の三において、被告に対し、本件命令中の「当該組合員」に脱退者が含まれているか否かについて釈明を求め、同準備書面は同年一二月二日第二回口頭弁論期日に陳述されたこと、被告は、右求釈明に応じて、同年一二月二日付け準備書面(一)において、当該組合員には脱退者が含まれていることを明らかにし、同準備書面は第二回口頭弁論期日に陳述されたこと、原告は平成九年一月二八日付け準備書面(第二)において、本件各命令が違法であることの理由について本件新主張を除くその余の主張(本件の争点1及び2)を行い、同準備書面は同年一月二八日第三回口頭弁論期日に陳述されたこと、被告は、同年四月八日付け準備書面(二)において、原告の同年一月二八日付け準備書面(第二)に対する反論を行い、同準備書面は同年四月八日第四回口頭弁論期日に陳述されたこと、原告は、同年六月二四日付け準備書面(第三)において、被告の同年四月八日付け準備書面(二)に対する反論を行ったが、同準備書面が裁判所に提出されたのは同月二三日に開かれた第六回口頭弁論期日の直後である同月二五日であること、同月二三日には本件は準備手続に付され、同年八月二五日に第一回準備手続が、同年一〇月二四日に第二回準備手続が、それぞれ開かれたが、同準備書面は右の各期日には陳述されず、準備手続は同年一〇月二四日には取り消されるとともに右同日には合議体で審判することが決定され、同準備書面が陳述されたのは同年一二月一八日第七回口頭弁論期日であったこと、右合議決定に至るまでの間に担当裁判官は話合いによる解決を試みたが、脱退者の取扱い等で話合いが付かず、和解成立に至らなかったこと、原告が初めて本件新主張を行ったのは同年一二月一八日付け準備書面(第四)においてであり、同準備書面は同月一五日に提出され、同月一八日第七回口頭弁論期日において陳述されたこと、原告は右口頭弁論期日において本件新主張を立証する目的で(証拠略)を提出したが、被告及び補助参加人らは(証拠略)の成立をいずれも否認したこと、本件の口頭弁論は右口頭弁論期日にいったん終結されたが、平成一〇年三月一七日に再開が命じられ、同年六月一〇日第八回口頭弁論期日が開かれ、原告は同年七月二二日第九回口頭弁論期日に(証拠略)の成立及びその提出の経緯を立証する目的で証人尋問の申出をし、同年一〇月二八日第一〇回口頭弁論期日に原告の申出に係る証人及び被告補助参加人らの申出に係る証人について証人尋問が行われ、本件の口頭弁論が右口頭弁論期日に終結されたことが認められる。
右で認定した本件訴訟の経緯によれば、原告は第七回口頭弁論期日より前に本件新主張を口頭弁論に提出することができたものと認められ、合議体による審理を開始する以前に審理を担当していた裁判官が、当事者に対し、右口頭弁論期日より前の平成九年一一月二八日までに主張立証の準備を尽くすよう促し、もって、右口頭弁論期日に弁論を終結することができるよう協力を求めたことも事実であるから、原告としては遅くとも右の期限までに本件新主張を内容とする準備書面と関係する書証を提出することが相当であったことは否定できない。しかしながら、担当裁判官の執った右措置が調書には何も記載されていないことが示すように、担当裁判官は、旧民事訴訟法二四三条二項により準備書面等の提出期間を定め、これを遵守しない場合には主張立証を許さない旨当事者に告知したわけではなく、訴訟関係人を信頼し、事実上の期限として設定したにとどまるものと考えられる。また、本件新主張の提出については、民事訴訟法一五六条の適用はなく、随時提出主義を採る旧民事訴訟法一三七条が適用されるところ、原告は、本件新主張を提出するについて、前訴上告審判決について担当調査官が執筆した判例解説を重要な参考資料にしたものと思われるが、右判例解説を掲載した法曹時報四九巻一二号が刊行、市販された時期は平成九年一二月初旬ころである。これらの点を考慮すると、原告が故意又は重大な過失により時期に後れて本件新主張を提出したものと認めることはできない。
以上によれば、原告の新主張が時機に後れた攻撃防御方法であるとしてこれを却下することはできない。
四 本件各命令のうち補助参加人らを脱退した組合員に対して支払を命じた点の適法性について
1 本件各命令は原告に対しチェック・オフをした組合費相当額等の支払を命じているが、前訴上告審判決の内容に照らせば、これは、チェック・オフの継続と控除額の訴外組合の支部への交付という不当労働行為による補助参加人らに対する組合活動に対する制約的効果や支配介入的効果を除去するため、右不当労働行為がなかったと同様の事実上の状態を回復させるという趣旨を有しており、補助参加人らは右救済を受ける利益を有しているのであって、補助参加人らが右救済を受ける利益は右不当労働行為がなかったと同じ事実上の状態が回復するまで存続するのであり、補助参加人らに所属する組合員がチェック・オフの中止後にその組合員資格を喪失したとしても、補助参加人らの救済利益に消長を来すものではない。なぜなら、右組合員が組合員資格を喪失したからといって、右に述べた組合活動一般に対する侵害的効果が消失するものではないからである(最高裁昭和六一年六月一〇日第三小法廷判決民集四〇巻四号七九三頁参照)。
そうすると、甲事件命令において原告が支払を命じられた支払の相手方である補助参加人霞ケ浦支部に所属する組合員又は丙事件命令において原告が支払を命じられた支払の相手方である補助参加人島田支部に所属する組合員がチェック・オフの中止後にその所属する組合を脱退してその組合員資格を喪失したとしても、そのことを理由に本件各命令が直ちに違法であるということはできない。
2 しかしながら、本件各命令のように、労働委員会の命じた救済内容が組合員個人の雇用関係上の権利利益の回復という形をとっている場合には、労働組合が固有の救済利益を有するとしても、当該組合員の意思を無視して実現させることはできないと解するのが相当である。したがって、当該組合員が、積極的に、右の権利利益を放棄する意思表示をし、又は労働組合の救済命令申立てを通じて右の権利利益の回復を図る意思のないことを表明したときは、労働委員会は右のような内容の救済を命ずることはできないが、かかる積極的な意思表示のない限りは、労働組合は当該組合員が組合員資格を喪失したかどうかにかかわらず救済を求めることができるものというべきである(前掲最高裁判決参照)。
原告は、別紙記載の者が甲事件命令及び丙事件命令発出時には補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部を脱退して訴外組合の組合員であることを表明するとともに、訴外組合との間のチェック・オフ継続の意思表示をし、いずれもチェック・オフの結果を是認し、本件救済を求めない意思を表明したと主張し、(証拠略)には、別紙1ないし13記載の者名義で、別紙記載の各時期に、原告の島田工場長宛に、「私はネッスル日本労組島田支部の組合員でありますので組合費の給料/賞与からのチェックオフは従前通り継続してください」、「私はネッスル日本労組島田支部の組合員でありますので組合費の給料/賞与からのチェックオフは従来通り継続して下さる様宜しくお願いいたします。」、「私はネッスル労働組合島田支部の組合員です。ここに組合費チェック・オフの継続をお願い申し上げます。」、「私はネッスル日本労働組合の組合員であります。本日協約に基づくチェックオフ申請を致しますのでよろしく御受理下さるよう御願いします。」あるいは「私はネッスル日本労働組合の組合員です。協約に基づき組合費のチェックオフをお願いいたします。」等の記載があり、(証拠略)には、別紙14ないし30、35及び36記載の者名義で、別紙記載の各時期に、原告の霞ケ浦工場長宛に、「私はネッスル日本労働組合霞ケ浦支部(執行委員長遠藤芳行)の組合員でありますので、チェックオフは継続されます様御願い致します。」、「私は ネッスル日本労働組合委員長遠藤芳行の一組合員でありますので チェックオフは 今まで通り継続されますようお願い致します。」、あるいは「私は先般、組合費チェックオフに関して会社に対して申し入れの印を押しましたが撤回致します。私はネッスル日本労働組合(霞ケ浦支部委員長遠藤芳行)の組合員でありますので組合費は継続してチェック・オフして下さい。」等の記載があり、(証拠略)には、別紙14ないし34記載の各人名義で、別紙記載の各時期に、訴外組合執行委員長及び霞ケ浦支部執行委員長宛に、「私達は、ネッスル日本労働組合(本部執行委員長 村谷政俊)、同霞ケ浦支部(支部執行委員長 遠藤芳行)の組合員であり、昭和五八年九月以降チェックオフされた組合費が、上記組合に引渡されていることは当然であり、何等異議ありません。今後においても、同様に扱われるべきことは当然です。なお、私達はネッスル日本労働組合(本部執行委員長 斉藤勝一)、同霞ケ浦支部(支部執行委員長 富田真一)なるものの組合員ではありませんし、ましてや、これらに対して組合費相当額を引渡すことは全面的に不服であります。念のため、上記のとおり、確認致します。」との記載がある。
別紙記載の者が、右(証拠略)、殊に(証拠略)に記載されたとおりの意思を有し、これを表明したとすれば、組合員個人の雇用関係上の権利利益を放棄する意思表示をし、また、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部の救済命令の申立てを通じて右の権利利益の回復を図る意思のないことを表明したものと解する余地があることとなるので、以下別紙記載の者が、右(証拠略)、殊に(証拠略)に記載されたとおりの意思を有し、これを表明したといえるか否かの点について判断するが、労働基準法二四条一項の趣旨が、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとすることにあることに照らせば、別紙記載の者が雇用関係上の権利利益を放棄するについては、それが労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することを要するものと解するのが相当であり、この点の認定判断は厳格かつ慎重に行われなければならない(使用者が労働者の同意を得て労働者の退職金債権に対してする相殺について判示しているものではあるが、最高裁平成二年一一月二六日第二小法廷判決民集四四巻八号一〇八五頁、賃金に当たる退職金債権の放棄について判示している最高裁昭和四八年一月一九日第二小法廷判決民集二七巻一号二七頁参照)。
3(一) (人証略)の証言によれば、昭和五八年一〇月一日から平成元年三月末日まで原告島田工場総務課長を務めていた荻野直は、昭和五八年一一月以降昭和六三年二月の間に、訴外組合島田支部伊東執行委員長及びその後任の池谷執行委員長から、別紙1ないし13記載の各人名義の署名のある、工場長宛に作成されたチェック・オフの継続を求める旨の各文書(<証拠略>)を受け取り、各作成名義人の上司に右各署名がいずれも本人の自筆であることを確認したこと、別紙3、5及び12記載の福山弥、鈴木康則及び深田芳春は、それぞれ平成二年、平成五年及び昭和六二年ころ(深田芳春の退職の時期については後に更に検討を加える。)に退職したが、別紙1、2、4、6ないし11及び13記載の各人は口頭弁論終結の時点でもまだ原告島田工場の従業員であること、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
右の事実によれば、(証拠略)は、各作成名義人本人の署名があるものと認められるから、民事訴訟法二二八条四項により、全部真正に成立したものと推定することになる。
(二)(1) (人証略)の証言によれば、昭和五二年一〇月一日から昭和五九年二月一四日まで原告霞ケ浦工場総務課長を務めていた黒田信良は、昭和五八年一二月以降昭和五九年二月の間に、訴外組合の遠藤芳行執行委員長から、別紙14ないし22記載の各人名義の署名のある、工場長宛に作成されたチェック・オフの継続を求める旨の各文書(<証拠略>)を受け取り、各作成名義人の上司に右各署名がいずれも本人の自筆であることを確認したこと、別紙14ないし22記載の者は口頭弁論終結の時点でもまだ原告の従業員であること、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
右の事実によれば、(証拠略)は、各作成名義人本人の署名があるものと認められるから、民事訴訟法二二八条四項により、全部真正に成立したものと推定することになる。
(2) (証拠略)が作成されるに至った経緯は後記(三)(2)のとおりである。
(証拠略)の各作成名義人の署名と(証拠略)のこれらに対応する各作成名義人の署名とを対照すると、これらは同一のものと認められるから、(証拠略)は、右各作成名義人本人の署名があるものと認められ、民事訴訟法二二八条四項により、右各作成名義人につき全部真正に成立したものと推定することになる。
(証拠略)の作成名義人名義の署名と(証拠略)の作成名義人名義の署名とを対照すると、これらは同一のものと認められるから、(証拠略)は、作成名義人本人の署名があるものと認められ、民事訴訟法二二八条四項により、全部真正に成立したものと推定することになる。
(証拠略)の作成名義人名義の署名と(証拠略)のこれらに対応する各作成名義人名義の署名とを対照すると、これらは同一のものと認められるから、(証拠略)は、右各作成名義人本人の署名があるものと認められ、民事訴訟法二二八条四項により、全部真正に成立したものと推定することになる。
(三)(1) (人証略)の証言によれば、駒田捷彦は、昭和五七年一〇月一日原告霞ケ浦工場総務課係長に就任し、黒田総務課長が昭和五九年二月一五日付けで転出したことに伴い、以後同年三月末日までは係長のままで、また、同年四月一日に原告霞ケ浦工場総務課長代理に就任して以後は総務課課長代理として課長業務を遂行し、昭和六一年四月一日原告霞ケ浦工場総務課長に就任したこと、駒田捷彦は、昭和五九年二月以降昭和六三年三月の間に、訴外組合の遠藤芳行執行委員長から、別紙23ないし36記載の各人名義の署名のある、工場長宛に作成されたチェック・オフの継続を求める旨の各文書(<証拠略>)を受け取り、各作成名義人の上司に右各署名がいずれも本人の自筆であることを確認したこと、別紙23ないし36記載の者は口頭弁論終結の時点でもまだ原告の従業員であること、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
右の事実によれば、(証拠略)、いずれも各作成名義人本人の署名があるものと認められるから、民事訴訟法二二八条四項により、全部真正に成立したものと推定することになる。
(2) (人証略)の証言及びこれにより成立の認められる(証拠略)によれば、原告は、甲事件原命令を受けて支払を命じられた組合員の範囲を確認するため、訴外組合に照会し、訴外組合から、別紙として添付された確認書(<証拠略>)に署名押印した組合員の給与につきチェック・オフされた組合費が訴外組合に引き渡されたこと等の回答を得たこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
(証拠略)の各作成名義人名義の署名と(証拠略)のこれらに対応する各作成名義人名義の署名とを対照すると、これらは同一のものと認められるから、(証拠略)は、右各作成名義人本人の署名があるものと認められ、民事訴訟法二二八条四項により、全部真正に成立したものと推定することになる。
(証拠略)の各作成名義人の署名と(証拠略)のこれらに対応する各作成名義人の署名とを対照すると、これらは同一のものと認められるから、(証拠略)は、右各作成名義人本人の署名があるものと認められ、民事訴訟法二二八条四項により右各作成名義人につき全部真正に成立したものと推定することになる。
(証拠略)の各作成名義人名義の署名と(証拠略)のこれらに対応する各作成名義人名義の署名とを対照すると、これらは同一のものと認められるから、(証拠略)は、右各作成名義人本人の署名があるものと認められ、民事訴訟法二二八条四項により、全部真正に成立したものと推定することになる。
なお、(証拠略)の各作成名義人である小島良雄及び仲川英子については、(証拠略)に相当する確認書は書証として提出されていない。
(四)(1) 以上の検討に係る(証拠略)は、その作成名義人が、雇用契約上の権利に関し、<1>右(証拠略)記載の日付の時期以前のチェック・オフにつき返還を求めないこと及び<2>右の時期以降のチェック・オフを訴外組合に対して行うよう求めることの二点のほか、救済手続に関し、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部の救済命令の申立てを通じて権利利益の回復を図る意思のないことを記載内容とするものである。
(2) そこで、まず右<1>の点を内容として前記2記載の意思の表明がされたと認められるかについて検討するに、前記のとおり、(証拠略)は真正に成立したものと推定することができ、補助参加人らにおいて、別紙記載の者のうち12の者以外の各人が、別紙記載の時期以後に、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部の組合員ではなく、訴外組合の組合員であることを自認していることは、右(証拠略)の証明力をその限度で補強するものではあるが、(証拠略)は、あらかじめワープロによって訴外組合本部執行委員長及び支部執行委員長が名宛人として記載され、本文も記載されていたものであり、その下に、従業員が日付を記入して署名押印する方式により作成された文書であって、いずれも訴外組合本部執行委員長及び支部執行委員長宛に提出され、支部執行委員長によって原告に提出されたものであり、<1>を内容とする意思表示が原告に対してされることにより利益を受けるべき者は訴外組合及びその支部であるから、このことをも併せて考えると、従業員が(証拠略)に署名押印したことと訴外組合の組合員であることの事実だけでは、従業員がその自由な意思に基づいて<1>を内容とする意思表示をし、もって雇用関係上の権利利益を放棄したと認めるに足りないものというべきである。本件全証拠によっても、他にそれが労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由を見出すことはできない。
また、右に述べたと同様の理由により、(証拠略)をもってしても、それらに署名押印した従業員が補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部の救済命令の申立てを通じて右の権利利益の回復を図る意思のないことを表明したものと認めるに足りないというべきである。
よって、別紙記載の者のうち12の者以外の各人が、昭和五八年九月以降別紙記載の各時期までのチェック・オフにつき、雇用関係上の権利利益を放棄する意思表示をし、また、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部の救済命令の申立てを通じて右の権利利益の回復を図る意思のないことを表明したものと解することはできない。
(3) 次に、右<2>の点を内容として前記2記載の意思の表明がされたと認められるかについて検討するに、補助参加人らにおいて、別紙記載の者のうち12の者以外の各人が、別紙記載の各時期以後に、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部の組合員ではなく、訴外組合の組合員であることを自認していることの事実に、(証拠略)並びに(人証略)の証言を併せて考えれば、別紙記載の者のうち12の者以外の各人が、昭和五八年一一月以降昭和六三年三月の間の別紙記載の各時期に、原告に対し、チェック・オフを行うよう求めたことが認められるから、右要求のあった時点以降のチェック・オフについては、<2>を内容とする意思表示をし、もって雇用関係上の権利利益を放棄する意思表示をし、また、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部の救済命令の申立てを通じて右の権利利益の回復を図る意思のないことを表明したものと解するのが相当である。
(4) 別紙12記載の深田芳春については、(人証略)の証言及び弁論の全趣旨(被告補助参加人らが平成一〇年一〇月一四日付け準備書面において、「深田芳春は、退職時(一九八六年一二月ではないかと思われるが、その詳細は会社の記録により明らかな筈である)まで、第一組合に所属し続けた者であり、第一組合に対して脱退の意思表示をしたことは一切ない。」と主張し、この準備書面副本は平成一〇年一〇月一五日ころには原告代理人に直送されていたから、原告としては、同月二八日の口頭弁論期日における原告申請の<人証略>の尋問までの間に、関係記録に当たる等して深田芳春の正確な退職の時期を明らかにすることが可能であったはずであるのに、<人証略>は、右退職の時期について昭和六二年だが、月までは覚えていないと答えるにとどまっていること)によれば、深田芳春は、昭和六一年一二月二三日付けで「チェックオフ申請書」と題する書面(<証拠略>)を提出したが、その後間もなくして原告を退職したものと認めることができる。深田芳春が右書面提出後支払を受けた給与についてチェック・オフをされたことを認めるに足りる証拠はなく、前記認定事実に基づいて考えると、前記書面に記載された内容は同人の真意ではなかったものと推認することができる。
4 そうすると、前記のとおり、別紙記載の者のうち12の者以外の各人は、昭和五八年一一月以降昭和六三年三月までの間の別紙記載の各時期に、原告に対し、チェック・オフを行うよう求め、右要求のあった時点以降のチェック・オフについては、雇用関係上の権利利益を放棄する意思表示をし、また、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部の救済命令の申立てを通じて右の権利利益の回復を図る意思のないことを表明したものであるから、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部が右各時期以降のチェック・オフに関して救済を求めることはできないものというべきである。
五1 本件各命令は、本件各原命令と相まって、「原告が、補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員からチェック・オフの中止を求められたにもかかわらず、チェック・オフを継続し、控除して組合費相当額を訴外組合に引き渡したこと」という事実が、補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員の個人的利益を侵害するものであるとともに、それが組合費という組合の運営の原資にかかわるものであるが故に、補助参加人組合及び補助参加人三支部の団結権をも侵害するものであることから、右各組合員に対する不利益な取扱い(労働組合法七条一号)に当たるとともに、補助参加人組合及び補助参加人三支部の運営に対する支配介入(労働組合法七条三号)に当たるとしたものである。このように、「原告が、補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員からチェック・オフの中止を求められたにもかかわらず、チェック・オフを継続し、控除した組合費相当額を訴外組合に引き渡したこと」という事実は、不当労働行為を構成する具体的事実であるが、組合の団結権の侵害のみならず、組合員の個人的利益の侵害をも伴い、後者は、その利益の性質上、組合員各個人ごとに利益が異なるというべきであるから、右具体的事実によって構成される不当労働行為は、組合員各個人ごとに異なる複数の不当労働行為であると解するのが相当である。
2 前訴上告審判決は、原告の前記行為が補助参加人組合及び補助参加人三支部の運営に対する支配介入に当たることを判示しているが、右各組合所属の組合員に対する不利益な取扱いに当たることを否定する趣旨ではないことは既に述べたとおりである。したがって、「原告が、補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員からチェック・オフの中止を求められたにもかかわらず、チェック・オフを継続し、控除した組合費相当額を訴外組合に引き渡したこと」という事実が不当労働行為に当たることについては、既に前訴上告審判決が存することになるが、判断力の有無という観点から見ると、前訴上告審判決が破棄自判して取り消した本件各原命令部分は、チェック・オフをした組合費相当額を支払う相手方の点だけであるとはいえ、一個の不当労働行為についての救済措置は全体として一個であり、その一部だけであってもこれを取り消す以上、救済措置全体を取り消したものと解するのが相当であるから、前訴上告審判決は前記不当労働行為に対する救済措置全体が違法であると判断したということになるところ、取消訴訟において行政処分が違法であるとして取消判決がされるためには、個々の処分要件(適法要件)のうちいずれか一つが充足されておらず違法であると判断されれば十分であることからすれば、前訴上告審判決は前記不当労働行為に対する救済措置全体が違法であることについてのみ判断したに過ぎないのであって、そうであるとすると、前訴上告審判決について既判力が生ずるのは右の判断についてのみであり、「使用者の当該行為が不当労働行為でないこと」を主張することが、前訴の既判力によって遮断されるわけではないと解するのが相当である。
もっとも、前訴上告審判決は、上告理由に答えて、「原告が、補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員からチェック・オフの中止を求められたにもかかわらず、チェック・オフを継続し、控除した組合費相当額を訴外組合に引き渡したこと」という事実をもって補助参加人組合及び補助参加人三支部の運営に対する支配介入に当たることを肯定しているのであり、このことは決定的に重要であるから、もはやこの点の判断を争う余地はないといわざるを得ない。
3(一) そこで、本件における不当労働行為の成否について検討すると、(証拠略)によれば、原告には、もともと単一のネッスル日本労働組合(以下「旧ネッスル労組」という。)が存在したが、同組合の内部抗争の結果、共にネッスル日本労働組合を名乗る補助参加人組合と訴外組合の二つの労働組合及びそれぞれの支部が独立した労働組合として併存するに至ったこと、補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員らは、従来、旧ネッスル労組と原告とのチェック・オフ協定に基づき組合費のチェック・オフを受けていたが、補助参加人三支部及び所属の組合員らは、原告に対し、補助参加人霞ケ浦支部については昭和五八年九月、補助参加人東京支部及び補助参加人島田支部については同年四月、右各支部がそれぞれ所属組合員の氏名を明示してチェック・オフの中止及び控除された組合費の返還を要求したり、各組合員が同様の申入れをしたりしてチェック・オフの中止を申し入れたこと、原告は、右各支部について右各時期には補助参加人組合及び補助参加人三支部の存在を認識し、これらに所属する組合員の氏名を把握していたが、チェック・オフを中止せず、控除額を訴外組合の各支部へ交付し、又はその指定する銀行口座に振り込んだこと、以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
右事実に基づいて考えれば、補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員らは、原告に対し、チェック・オフの中止を申し入れたものであり、原告は、当該組合員らに対するチェック・オフを中止すべきであったのであって、旧ネッスル労組あるいは訴外組合とのチェック・オフ協定の存在を理由に、これを継続することは許されないから、原告が補助参加人霞ケ浦支部については昭和五八年九月以降、補助参加人東京支部及び補助参加人島田支部については同年四月以降も、右中止の各申入れを無視して右組合員らについてチェック・オフをし続け、しかも控除額を訴外組合の各支部へ交付し、又はその指定する銀行口座に振り込んだことは、補助参加人組合及び補助参加人三支部所属の組合員らに対する不利益な取扱い(労働組合法七条一号)に当たるとともに、補助参加人組合及び補助参加人三支部の運営に対する支配介入(労働組合法七条三号)に当たるものというべきである。
(二) 本件各命令が右各不当労働行為に対して執った救済措置は、次に述べる点を除いて違法とすべき理由はないから、適法であるが、次の点は違法である。
(三) 甲事件命令及び丙事件命令は、補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部所属の組合員について右各命令主文掲記の時期以降チェック・オフを中止するまでの間にチェック・オフをした組合費相当額等の支払を命じているものと解されるが、前記のとおり補助参加人霞ケ浦支部及び補助参加人島田支部が別紙記載の各時期以降のチェック・オフに関して救済を求めることはできないことからすれば、別紙記載の者のうち12の者以外の各人については、チェック・オフを中止した時点又は別紙記載の各時期のいずれか早い時期を終期とすべきであったから、これと異なる終期を定めて金員の支払を命じている点は違法である。前記のとおり、甲事件命令及び丙事件命令は、それぞれ、所属の組合員ごとに不当労働行為が異なると解すべきであるから、右各命令について、別紙記載の者のうち12の者以外の各人に関する部分だけを取り消すことができると解するのが相当である。なお、別紙記載の者のうち12の者以外の各人に関する部分を取り消すのは、右に述べたとおり、チェック・オフを中止した時点又は別紙記載の各時期のいずれか早い時期を終期とすべきであったのに、これと異なる終期を定めている点だけであるが、原告が右の点の取消しだけを求めていると解することはできず、請求の上限が画されていると解することはできないから、別紙記載の者のうち12の者以外の各人に関する部分は、その全部を取り消すべきである。
よって、甲事件命令及び丙事件命令が、別紙記載の者のうち12の者以外の各人について、原告に対し終期を定めずに金員の支払を命じている点は違法であり、その限度で取消しを免れない。
第四結論
以上に述べたとおり、原告の請求は、甲事件命令及び丙事件命令のうち、別紙記載の者のうち12の者以外の各人に関する部分の取消しを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条、六五条、六六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙世三郎 裁判官 鈴木正紀 裁判官 吉崎佳弥)
別紙
<省略>